1971年の歌手デビュー以来、ジャンルを超えてマルチな活躍を続ける研ナオコ。来年(2025年)には55年目に突入しアニバーサリーイヤーを迎えることから、これを記念したニューアルバム『今日からあなたと… Starting today, with you』を完成させた。
近年はYouTubeでの“すっぴん”メイク動画や、テレビ番組やイベントでの“衝撃コスプレ”姿など変身ぶりが注目を集めるナオコだが、このところ本業である歌手への再評価も一層高まっている。
その理由としては、ナオコの一連のヒット曲を知るリアル世代だけでなく、昭和の名曲番組やSNSの動画で歌唱シーンを見た若い世代からの支持を得たことが大きい。
彼らの間では昭和歌謡やシティポップといった70~80年代の名曲がブームとなっているため、ナオコの楽曲の良さもすんなり受け入れられたようだが、中にはナオコが歌手だったことや、すっぴんメイクのYouTuberと同一人物であることを初めて知り、驚きを持って拡散した者も少なくなかったという。
そうした状況を背景に、昨年(23年)からは旧譜のリイシューが進んだ。代表曲を網羅しオリジナル・カラオケも収録した『オールタイム・ベスト』の発売をはじめ、入手困難が続いていた70~80年代のオリジナルアルバムの初CD化や音楽配信が実現。さらに今年3月にはLPレコード『中島みゆき作品BESTアナログ』までが登場するなど、全盛期に迫る勢いでリリースが相次ぎ、いずれも好評を博している。
また、コロナ禍でずっと行えずにいた50周年コンサートも昨年10月、東京・渋谷のLINE CUBE SHIBUYAで「デビュー53周年記念ファイナルコンサート ~すっぴん人生 70歳~ みなさんお世話になりました」と題して開催。大入り満員の盛況ぶりで、ナオコ本人も自身の幹とする歌手としての活動により積極的になっていった。
そして今回、満を持して新録音されたのが、この55周年記念アルバムである。
15年の『雨のち晴れ、ときどき涙』以来、実に9年ぶり、令和初の新作となるが、収録作品はナオコ自身が選曲。55年にわたる歌手生活の中で「節目節目で特に思い入れのある楽曲」を厳選したという。
収録順とは異なるが、まず目を引くのが代表作のセルフカバー。「あばよ」「夏をあきらめて」「かもめはかもめ」「愚図」というナオコのシングル売り上げベスト4が並ぶ。
続いて、中島みゆき作品を歌う第一人者としての観点から選曲された2曲。再録音となる名曲「糸」と、ライブでのレパートリーをついにスタジオ録音した「ヘッドライト・テールライト」。そして、ナオコが昔から憧れてやまない浅川マキのカバー「こんな風に過ぎて行くのなら」という全7曲である。
年輪を重ねた滋味深い歌声もさることながら、特筆すべきは、今現在のナオコのボーカルに寄り添ったアレンジだろう。
どの曲においても、言葉の一つ一つをしみじみ噛みしめるナオコの歌唱スタイルを丁寧にアシストしているが、サウンドプロデュースを手がけたのは、ギタリストのほかアレンジャーとしても活躍する古池孝浩。ナオコのコンサートでは25年ほどサポートを続けており、現在はバンドマスターを務めるとともに、アルバム制作にも欠かせない人物である。
本作でも、バンドメンバーとしてもおなじみの三宅典子のバイオリンを含め、ライブの雰囲気を彷彿とさせる“ナオコサウンド”を構築。中でもセルフカバーの4曲は、聴き慣れたオリジナルのイメージを壊すことなく、それでいて、いぶし銀の味わいが加わったナオコの語り歌をナチュラルに演出。“55th Anniversary Ver.”と呼ぶにふさわしい、進化した魅力を引き出すことに成功している。
実際、24年10月の1カ月間、東京・日本橋の明治座で行われた「梅沢富美男劇団 梅沢富美男 研ナオコ特別公演」の第二部・歌謡オンステージでは本作のバージョンが披露され、観客からは連日、感動の拍手が巻き起こった。物販コーナーで先行販売されたこのCDも、好調な売れ行きを示したという。
いずれにせよ、このアルバムからは71歳にして歌への情熱を絶やさないナオコの、プロの歌手としての確固たる信念がのぞく。「笑って200歳まで生きる」と公言する彼女にとっては、55周年も一つの通過点にすぎないのだろう。この先も聴き手のため、そして自身のために、天性の表現力に磨きをかけていくはずだ。タイトルが示すように、研ナオコの歌はまだまだこれから。本作はその宣言なのである。
収録曲解説
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糸 (55th Anniversary Ver.)
中島みゆきが手がけたスタンダードナンバーの中でも、カラオケはもちろん結婚披露宴の定番曲として、老若男女から支持される名曲。
初出は1992年のみゆき自身のアルバム『EAST ASIA』で、98年にドラマ主題歌に起用されシングル化。2004年にはMr.Childrenの桜井和寿らによって結成されたBank Bandが歌ったことで広く浸透し、今日までに150組を超えるアーティストがカバーしている。
ナオコも以前からライブのレパートリーに加えており、レコーディングは『雨のち晴れ、ときどき涙』以来、9年ぶり2度目となった。アレンジは前回と同様、古池孝浩が担当。今回はバイオリンに加えてパーカッションも導入するなど、説得力を増したナオコのボーカルも含め、ブラッシュアップしたバージョンとなっている。 -
愚図 (55th Anniversary Ver.)
1975年9月発売、歌手・研ナオコの出世作。阿木燿子+宇崎竜童コンビが手がけ、記念すべき初のトップ10入り(オリコン最高9位)を果たしたナンバーである。
71年のデビュー以来、コメディエンヌ的な活動が評判を呼んだナオコだが、人気タレントとしての地位を築いたものの、歌手であることに危機感を覚えていたという。そのため、レコード会社をキャニオン・レコードに移籍し、歌手生命をかけてこの曲をリリース。シリアスな私小説を思わせる内容でタレントイメージとのギャップも注目を集め、FNS歌謡祭(下期)では優秀歌謡音楽賞を受賞。ナオコは見事“本格派歌手”としての脱皮に成功した。
セルフカバーは2006年の『LOVE LIFE LIVE Vol.1~35th Anniversary~』、11年の『一途』に続くものだが、本作では歌詞のモノローグ的要素を強め、情感あふれるひとり芝居の趣に。 -
夏をあきらめて (55th Anniversary Ver.)
1982年9月発売。ニューミュージック系の楽曲を得意としてきたナオコにとって、80年代の代表曲である。
作詞・作曲はサザンオールスターズの桑田佳祐で、オリジナルは82年7月発表の彼らのアルバム『NUDE MAN』収録曲。当初は「流れる雲を追いかけて」(ボーカル:原由子)のカバーが検討されていたが、ナオコ自身の意思でこの曲に決まったという。オリコンでは最高5位を記録。日本レコード大賞金賞・作曲賞、日本有線大賞有線音楽賞、全日本有線放送大賞優秀スター賞、FNS歌謡祭優秀歌謡音楽賞などを受賞。6回目の出場となったNHK紅白歌合戦でも歌われている。
ちなみに、ナオコが歌う桑田作品としては、当初は80年のシングル候補として「私はピアノ」を改詞改題して制作された「あいつのこと」(アルバム『あきれた男たち』収録)や、93年のカバー「ポカンポカンと雨が降る」(『Ago あの頃へラブレター』収録)がある。 -
あばよ (55th Anniversary Ver.)
歌手・研ナオコを語るときに欠かせない作家が中島みゆき。ナオコのたっての希望で、シンガー・ソングライターとしてデビュー間もないみゆきにオファーしたのがスタートである。これは1976年9月発売で、みゆき提供シングルとしては2作目。アルバム『泣き笑い』からアレンジを変えてシングルカットしたところ、あっという間にヒットチャートを上昇し、初のオリコン1位を通算4週にわたり獲得。自己最大のレコードセールスを記録した。日本レコード大賞歌唱賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、FNS歌謡祭最優秀歌謡音楽賞などを受賞。
余談だが、賞レースのステージでは感涙のあまりマスカラが落ち、“黒い涙を流した”と話題に上ったことも。これを面白がって『黒いなみだ』というタイトルのベスト盤をリリースしたことも、ナオコらしいエピソードである。セルフカバーは『LOVE LIFE LIVE Vol.1~35th Anniversary~』以来。 -
こんな風に過ぎて行くのなら
ジャズやブルースをベースに、ロック、歌謡曲、アバンギャルドなどの要素も取り入れ、ジャンルでは括れない唯一無二の世界観を持っていたシンガー、浅川マキ。
ナオコはデビュー間もない頃に魅了されて以来ずっとファンで、1983年に発表した異色作『Naoko Mistone』など彼女への憧れが映し出されたといえるアルバムもあるほど。ライブで浅川のレパートリーを密かに歌い始めたのは、彼女をアマチュア時代から知る美輪明宏に勧められたのがきっかけだった。カバー曲として発表したいと願っていたが、持ち歌にこだわる本人の許可が下りずいったんは断念。その後“バトンタッチ”という表現で公認され、浅川が2010年に急逝した後は歌い継ぐ決意を固くしたのだという。
これまでに「コントロール」(アルバム『一途』収録)と「ちっちゃな時から」(『雨のち晴れ、ときどき涙』収録)をレコーディングしているが、今回選んだのは72年にシングルとして発表されたナンバーで、彼女のお別れの会のタイトルにも引用された代表作の一つ。リスペクトを込めたナオコの歌唱は、魂の歌と呼べる領域にまで達している。 -
かもめはかもめ (55th Anniversary Ver.)
中島みゆきからの提供作で、元々は1977年10月、ナオコが一時休業中だった時期に発売されたアルバム『かもめのように』の収録曲。活動再開後の翌78年3月には復帰作としてシングルカット。オリコンでは最高7位まで上昇し「あばよ」に次ぐ売り上げを記録した。
日本レコード大賞金賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、日本有線大賞有線音楽賞、全日本有線放送大賞優秀スター賞、FNS歌謡祭優秀歌謡音楽賞、あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭年間話題賞などを受賞。紅白歌合戦では78年のみならず93年にも歌われたほどで、さまざまな歌手からカバーされる機会も多数。ナオコの代表作として真っ先に挙げられるほど、高い知名度と人気を誇っている。
『LOVE LIFE LIVE Vol.1~35th Anniversary~』『一途』でもセルフカバーしているが、今回はシャンソンにも似た独特の空気感を漂わせている。 -
ヘッドライト・テールライト
オリジナルは中島みゆきで、2000年にスタートしたNHKのドキュメンタリー「プロジェクトX~挑戦者たち~」のエンディングテーマ曲に起用され、オープニングテーマ曲「地上の星」との両A面シングルとしてリリース。番組が高視聴率を記録したことも相まってロングセラーとなり、ついにはオリコン1位を獲得している。
番組は05年に終了するも、24年4月に「新プロジェクトX ~挑戦者たち~」として復活。この曲も再び使用されていることから、ナオコバージョンもタイムリーなリリースとなった。
ちなみにナオコは、みゆきのリリース当初からライブで歌唱。長年、双方のファンからCD化のリクエストが寄せられており、今回ようやく実現した。
みゆきの作風はナオコに提供していた若い頃とは変化しているが、同様に齢を重ねたナオコも、その世界の広がりを見事に表現している。悲哀から慈愛へ―今後、ナオコが歌うみゆき作品の新作を占う意味でも、期待値の高い仕上がりといえよう。
解説:中崎あゆむ(2024年11月) *文中敬称略、社名などは当時のものです。